オールブラックスのハカを見て、日本も何かで対抗したい人たちへ【前編】~最強民族ポリネシア人~

 ラグビーワールドカップ2019日本大会。

 勇敢な桜の戦士を意味するブレイブブロッサムズの愛称を持つ日本代表の躍進もあって、今や空前のラグビーブームが到来している。
 このサイトの管理人、オカダヒデアキも実は中学と高校の6年間ラグビー部に所属していた。ポジションはフッカー。
 選手としてははっきり言って3流以下だったが、大学以降もラグビー観戦をずっとしてきたオカダにとっては、このラグビーブームも、ジャパンの大躍進も喜びとともに夢のような出来事だと感じている。

 ラグビーには様々な見どころがある。その中でも特に、新しくファンになった人々が興味を持つのが、一部の国々が試合前に披露するウォークライであろう。

 このウォークライについてネットを見ていると、

 「かっこいい!」

 「何で一部の国だけやってるの?」

 「日本も何かやればいいのに!」

など、賞賛だけでなく疑問を抱く人も多くいるようなので、今回は伝統文化としてのウォークライを掘り下げつつ、日本における戦闘舞踊についてもまとめてみることにした。


ウォークライをする国々ってどういう国なのか

 今大会でウォークライをする代表チームは、ニュージーランド、フィジー、トンガ、サモアの4カ国だ。これらはどういう国かと言うと、太平洋に浮かぶオセアニアの島国であり、フィジー以外の3国がポリネシア、フィジーはメラネシアという地域に属している。


 ポリネシア人やメラネシア人とは人種的にはどういったグループなのだろうか。まずポリネシア人を見てみよう。

 肌はやや黒かったり肌色に近かったりするが、アフリカ人(ネグロイド)とは異なるし、彫りは深いがヨーロッパ人(コーカソイド)とも違う。

 実は、彼らは我々と同じモンゴロイド(=黄色人種)が南下し、過酷な環境の中で大型化した人々だといわれている。

 ポリネシア人の祖先は元々台湾にいた「ラピタ人」と言われる人々だった。・・・一応注意しておくと「ラピュタびと」ではなくラピタ人である。

 厳しい航海を経て太平洋の国々へ広がっていく中で、魚からのたんぱく質を効率よく吸収して骨太になるとともに、そもそも過酷な航海では屈強な男女でないと乗り越えられず、他の人種の2倍分厚いと言われる骨格を持つガタイの良い集団になっていった。

 ちなみにラピタ人のうち、北上をしたグループは日本へ到達して縄文人のルーツの一つとなったという説がある。ここで注意したいのはラピタ人=縄文人ということではないこと。現在の日本人も縄文時代からいる人々と弥生時代に稲作とともに大陸から渡ってきた人々の混血だが、縄文人もルーツが1つとは限らない。ただ、縄文土器とラピタ人の土器、そして両者の航海技術には多くの類似点が指摘されている。

 縄文人の血を濃く引くと考えられるアイヌの人々とは、今ではニュージーランドの先住民族であるマオリ族との文化的な交流を行っている

 サモア代表の中にも、なんとなく日本人にもいそうな顔立ちの選手がいることがあるが、それはルーツの一部が同じであることの証なのかもしれない。


 もう一つ、フィジーが属するメラネシアの人々の顔立ちはこんな感じ。動画はオーストラリア先住民、アボリジニの人々だ。


 一見するとネグロイド(アフリカ人)っぽい印象を受けるが、実はネグロイドではない。かと言ってポリネシア人とも異なる。彼らはオーストラロイドという人種のグループだ。

 これは、

 ネグロイド  = 黒人
 コーカソイド = 白人
 モンゴロイド = 黄色人種

のどれにも属さない別の人種で、その名の通りオーストラリア大陸を中心に広がった人々だ。ポリネシアとメラネシアは地域的に隣り合っていたので、遺伝的な交流や文化的な交流もあり、多様化した。実際、サモアやトンガにもちょっとフィジー人っぽい人もいれば、フィジー人にも少しポリネシア人っぽい人もいる。

 このポリネシア・メラネシアの島々の人々のなかでラグビーに出会った人々がいた。その島々の共通点はイギリス連邦加盟国であったり、イギリスの植民地だった歴史を持つ島の人々だ。

 イギリスの文化が持ち込まれる中で、屈強な彼らはラグビーでその能力を発揮し、その存在を世界に知らしめることになった。

ラグビー文化との出会い

 ここで考えてほしいのが、各国々の人口だ。

 トンガは約10万人、サモアは18万人、フィジーは85万人。どれも日本では1都市レベルの人口、特にトンガやサモアは地方都市以下の人口だ。なのにラグビーの世界では存在感を放ち続けている。

 しかも、この国の人々が代表に選ばれているのは自国だけではない。

 日本やイングランド、ニュージーランドなどラグビー強豪各国にも代表選手を輩出しているのだ。

 オールブラックスで「暴走機関車」と言われたジョナ・ロムーはトンガ系だし、最高のキャプテンと言われたタナ・ウマガはサモア系移民だ。

 どれだけポリネシア・メラネシアの人々がラグビーに適した体格の人々なのか、その実績を見れば一目瞭然なのである。

 また、イギリスと直接的の結びつきがない地域でも、ラグビー以外のスポーツで活躍している事例が多くある。例えばハワイ。そしてアメリカ領の東サモアなどだ。

 ハワイの先住民は、ハワイ諸島とアメリカ本土に移住した人を合わせて40万人ほどいるといわれている。

 その中にはザ・ロックのようなアメリカンプロレスのスター、曙太郎や武蔵丸のような力士、そしてアメリカンフットボールのトップ選手が多くいる。アメリカンフットボールについては統計がとられており、米領サモア出身の選手がプロの選手になる確率は、白人選手と比べて40倍になるそうだ。そして、特に子供の段階でポリネシア人の子供と白人たちを本当に一緒に試合させていいのかという議論は今でもあるらしい。

 サモア、トンガ、フィジーとも国策としてラグビーの強化に力を入れている。

 人口が少なく、資源もほとんどないポリネシアの人々は自らの体格を活かすことで世界と戦っているのだ。

 

ウォークライの意味

 さてこのウォークライ、踊っている最中に放たれる言葉はそれぞれの民族の言葉であるため、大抵の人には何を喋っているのか分からない。その鬼気迫る表情から相手を罵倒するような事を言っていると思っている人も多そうだ。

 しかし、基本的には戦いを前に自分たちを鼓舞し奮い立たせる内容であることが多い

 

 例えばトンガのシピタウ、一番最後に地面にこぶしを合わせるシーンでは

 「それがトンガの死に方の流儀。神とトンガの血が私には受け継がれている。」

 という決死の覚悟を語っている。

 サモアのシヴァタウの冒頭、リーダーが踊りが始まる前に語っているのは、

 「サモア!いざ戦いの場へ!激しく闘え!

  勝利のため力を尽くせ!マヌ(獣)よいざ行かん!」

 と言って選手たちの士気を高めている。

 フィジーのシンビは構えそのものが槍を持っているような体勢で、

 冒頭のAi tei vovo, tei vovo は「戦いの壁!戦いの壁!」

 次のRai tu mai, rai tu mai は「そこを見ろ!そこを見ろ!」

 という狩りの最中の掛け声の掛け合いのような内容だ。

 

 ニュージーランドのオールブラックスのハカは二種類あり、

 カパオパンゴはそのままズバリ、「オールブラックス」を意味する言葉で、

 

 「我らは祖国と一つ!

  ニュージーランドはここに響き渡る!
  オールブラックスはここに響き渡る!」

 という祖国とオールブラックスをアツく語る内容になっている。


 とにかくどの国のウォークライも歌詞が激アツなのだ!


 それで言うとオールブラックスのもう一つのハカ、カマテは他と少し異なる。

 Ka mate, ka mate!ka ora! ka ora!というのは
「私は死ぬ! 私は死ぬ!私は生きる! 私は生きる!」

 という意味である。


 これは他のウォークライがチームのために作られたものであるのに対して、カマテは1810年、ンガティトアというマオリ族の部族の長であった、テ・ラウパラハという人物が戦いの最中、敵から隠れていたところを誰かに発見され死を覚悟したものの、そこに居たのは親しい他部族長だったことから、生に対する喜びを歌う意味で作ったものであるからだ。

 なので、命を懸けるという意味の歌詞にはなっているが、チームや国のことについては特に語られていない。

 現在ではワールドカップで見られるウォークライについては、様々なサイトでその歌詞の意味が全文紹介されている。

 全てをここでは紹介しきれないので、興味を持った人はその成立の過程を含めてぜひ見てみよう。


まだまだあるウォークライ

 ところで今回のラグビーワールドカップでウォークライをやったのはニュージーランド、フィジー、トンガ、サモアの4カ国だったが、ウォークライはポリネシア・メラネシアの国々の伝統文化であるので、ラグビーの世界にはこの4カ国代表以外にもウォークライをやる国やチームは存在する。


 まずはスーパーラグビーのニュージランドの各チーム。

 ブルーズ、チーフス、クルセイダーズなどにもそれぞれのチームのハカがあり、試合前や後に踊ることがある。ニュージーランドでは各学校ごとにもハカがあるそうで、チームごとにハカがあるのは当然なのだそうだ。

 ちなみに上記動画のチーフスには日本人の山下裕史選手が当時在籍しており、うらやましいことにハカに加わって踊っている。


 またラグビーには代表クラスの特別チームがあり、その中にも独自のウォークライを持つチームがある。最も有名なのがマオリオールブラックスだ。


 マオリオールブラックスとはニュージランドの先住民、マオリ族の血を引く人々のみで結成されたチームで、このメンバーに選ばれることはオールブラックスになることと同じく名誉なことだといわれている。ちなみに選出はマオリ族の血を引いているのが条件であり、白人との混血も進んでいるので一見白人っぽい外見の選手も多い

 マオリオールブラックスは実力的にもティア1レベルであると言われており、各国の仮想ニュージーランドのテストマッチの相手として毎年活動をしている。

 日本にも最近では2014年11月に来日し、秩父宮、神戸のいずれの試合でも日本代表を破る実力を見せた

 このマオリオールブラックスのハカが「ティマタンガ」だ。正直言ってオカダ一押しのハカである。かっこいい!


 歌詞の内容はマオリ族の神話に基づいており、

 

 「混沌の中から人間が生まれた。
  戦士たちは空を目指して山を登れ。

  登り続けるため魂と精神と肉体を磨け。」

 

 というような内容になっている。

 それとフィジー、サモア、トンガの合同チームなんていうのもある。その名も「パシフィックアイランダーズ」。

 このチームはマオリオールブラックスとは異なりイベント的要素が大きいため、定期的な活動は行っていないが、フィジカルモンスターの3カ国の選抜チームなだけあって、破壊力は抜群で、ティア1の代表チームとも互角の戦いを見せてきた

 Youtubeでは2008年のスコットランド戦の際のウォークライを見ることができる。見たところ、3各国のウォークライが混ざったような踊りだ。

 また、オセアニアながら代表チームがウォークライを行わないオーストラリアにおいては、13人制ラグビー(15人制と異なるもう一つの競技形式)で、先住民族のアボリジニの血を引く人々のチームがある。

 このチームでもウォークライがあり、その様子はYoutubeで見ることができる。

 ただ、13人制ラグビーというのは商業的な成功を目指して15人制から独立して結成された団体であることもあってか、個人的にはちょっと演出過剰にも見える


実は対抗策は既に考えられている

 ここまで、様々なウォークライについての紹介をしてきたが、今回のテーマはハカに対して何で対抗するか、である。

 実はその答えは既に1905年に出ている

 その年、ニュージーランド代表は初めて北半球遠征を行った。のちにニュージーランド代表に「オールブラックス」という愛称がつく歴史的な出来事である。

 その中でニュージーランド代表は、ニュージランドネイティブス(現在のマオリオールブラックス)に倣って、ハカを試合前に行ったのだ

 対戦国の一つであったウェールズラグビー協会のトム・ウィリアムズは代表のテディ・モーガンに対抗策を授けた。


 それは、ウェールズ国歌『我が父祖の土地 Hen Wlad Fy Nhadau』を歌うことだった。


 BBCの記事によれば、実はこれがスポーツイベントで初めて国歌斉唱が行われた出来事だったのだそうだ。もともとスポーツには国歌斉唱はなく、ラグビーでハカの対抗策として始まったのが国家斉唱だというのだ。


 ラグビーの試合を見ていると国歌斉唱の時に涙を流している選手を時々みかける。

 これからはじまる大一番を前に、これまでの努力、つらい練習、積み重ねてきた日々、犠牲にしてきたものを思い、感情がこみ上げてくるのだ。

 ちなみにこれは国歌に限ったことではない。大学ラグビーでも試合前の校歌斉唱の時に号泣する選手が毎年いる。歌にはハカに負けない力があるということがよくわかると思う。


 つまり、ハカに対抗したければ、国歌を思いきり歌うことが大前提なのだ。

 ただ、こう書いても、

「でもウォークライのあるチームは国歌歌ってウォークライもできるのに、日本は国歌だけで不公平だ。」

と思う人もいると思う。

 そこで後編では、もし日本が対抗して何かを踊るとすればどの伝統文化に学ぶべきか、について考えたいと思う。


後編に続く!